【FIRE】雑記に見せかけた、決意表明
こんにちは、やいちです。
「FIRE」という生き方に出会ったのは20代半ばのこと。
パワハラ気味の先輩から1on1で仕事を教えてもらう日々にも慣れて(マヒして?)きて、
少しだけ自分自身の将来を想像し始めたときに、ふとニュースかなにかで見かけたのが最初だったと思います。YouTubeだったかも。
精神的に消耗していた当時の私にとって、FIREした人たちの語る毎日の暮らしは、まさにあこがれの世界で―。
まるで推しのアイドルを追いかけるように、情報発信を追いかけていました。
でも、当時はどこまでいっても他人事で。
モニターのあちら側の世界を、隔絶されたこちら側から眺めている感覚がありました。
だから、あこがれる気持ちはあっても、うらやましいとか比較して劣等感を抱くような感情はなかったように思います。忘れているだけかもしれないけれど。
あこがれのFIRE
でも、やっぱり、FIREしている人の発信を見て、胸がモヤモヤしたりリア充爆発しろ的なことは思わなかったはず。
「どうせあのブドウはすっぱいよ」って思いながら、わざわざFIREの素晴らしさを語るブログや動画を見漁ったりはしないですからね。
当時はモニターのあちら側の出来事だったから、自分自身と切り離して見ることが出来ていました。
日常系のアニメを見るように。
昔の自分がどれだけ陰キャな学校生活を送ってきたとしても、それはそれ、これはこれ。
純粋に、彼ら彼女らのストーリーは楽しめます。
FIREが自分事に
ところが。
今は、FIRE関連の記事やYouTubeの発信を見ると、参考になる。感謝。と思うのと同時に、
なんとも言えない息苦しさというか、緊張感みたいなものを覚えます。
なんだかザワザワするというか―。
まさに、FIREが自分事になってきたんだなと、近頃しみじみ実感しています。
モニターのあちら側に足先を踏み入れようとしている。
あこがれるのはやめましょう。と発破をかけたのは大谷さんですね。鳥肌。
ちょうど私の現在地点が、ここ。
あこがれるだけじゃ済ませられない。もう満足できない。
自分もそちら側に行かなければ、一歩も前に進めていないように感じてしまいます。
FIREする日を迎えた私とあなたへ
きっと、私はFIREします。いつかは、まだ、わからないけれど。
その日の自分のために、ここの地点の自分を残しておこうと思います。
何を考えていたのか、何を恐れていたのか、何に希望を見出していたのか―。
これまで、FIRE関連の情報発信は、当社比でそれなりに触れてきました。
主に、FIREを目指している人の発信と、FIREした人の発信が、時間軸の必然で多くなります。
だから、私はFIRE前夜の葛藤を、丁寧に発信していきたいと思います。
たぶん、うじうじすると思います。
でも、だって、今はまだ。多用して、ぐだぐだするかもしれません。
そういうところも、ちゃんと、ことばにして残していきたいと思います。
読みたいと思ってくれる人がいるのかわからないけれど。
共感してくれる人がいるのかわからないけれど。
いつか、だれかの勇気になるかもしれないから、このブログを書こうと思います。
